アメリカで、医師の育て方を根本から見直す動きが始まっています。
これまで食の安全や超加工食品(UPF)、食品添加物の問題を訴えてきたロバート・F・ケネディJr.保健福祉(HHS)長官は、医学部や研修医教育に栄養学を本格的に組み込む方針を打ち出しました。
これは単に、医学生が食品の栄養素を勉強するという話ではありません。病気になったら薬で数値を管理する医療から、食事や生活習慣を通じて病気を防ぐ医療へ、診療の考え方そのものを変えようとする試みです。
食品を変えるだけでは国民の健康は戻らない
ケネディ長官が進めるMake America Healthy Again(MAHA)では、これまで超加工食品、合成着色料、食品添加物、学校給食、食事ガイドラインなどが改革の対象となってきました。
2026年1月に発表された新しい米国の食事ガイドラインは、「本物の食品を食べる」という単純で分かりやすいメッセージを掲げ、野菜、果物、全粒穀物、良質なたんぱく質などを優先し、高度に加工された食品や精製炭水化物を避ける方向を明確にしました。
しかし、国が食事ガイドラインを変えても、国民の健康管理を担う医師が栄養について学んでいなければ、病人の数は減りません。
そこで改革の対象が食品そのものから、食品と健康を評価する「専門家を育てる仕組み」に移り始めたということです。
医学生の栄養教育は年間わずか1.2時間
米保健福祉省によると、2022年の調査では、米国の医学生が受ける正式な栄養教育は年間平均1.2時間でした。また、医学部の約4分の3が臨床栄養学を必修としておらず、栄養カリキュラムを必修とする研修医プログラムも14%にすぎなかったとされています(資料:HHS)
慢性疾患の多くが食生活と深く関係しているにもかかわらず、医師は栄養を体系的に学ばないまま、糖尿病、高血圧、肥満、心血管疾患などの患者を診てきたことになります。

日本では、栄養は管理栄養士や栄養士の専門分野と考えられています。アメリカにもRegistered Dietitian Nutritionist(RDN)という専門職があり、基本的な構造は日本とよく似ています。
しかし、医療に最も影響力を持つのは医師です。医師が食生活を評価せず、栄養士への指導も行わなければ、栄養の専門家がいても十分な効果は得られません。
その結果、診断、処方、数値管理が治療の中心となり、食事改善や予防は周辺的な扱いになってきたのが事実です。
医学教育そのものを書き換える改革
2026年3月、アメリカ保健福祉省(HHS)は、全米31州の53医学部が、最低40時間の栄養教育、またはそれに相当する能力評価を導入すると発表しました。その後6月にはさらに19校が加わり、現在では73校の医学部へと広がっています。
今回の改革で重要なのは、授業時間が増えることではありません。HHSは医学部だけでなく、医学教育の認定基準や研修医教育にも栄養学を組み込み、医師を育成する仕組みそのものを見直そうとしています。

40時間の教育だけで医療が大きく変わるわけではありませんが、栄養学が医学教育の必須項目となれば、医師の診療にも「まず食生活を評価・改善する」という視点が浸透していく可能性があります。
これは、病気を治療する医療から、病気を予防する医療への大きな転換点となるかもしれません。
栄養士は制度の被害者なのか?
米国のRDN団体であるAcademy of Nutrition and Dietetics(米国栄養士会)は、今回の医学教育改革を歓迎しています。同団体は、医師が栄養上の問題を発見し、専門的な対応が必要な患者をRDNへつなぐ仕組みが必要だと主張しています。
これは正しい考え方です。医師が短期間の教育だけで栄養士の代わりになることはできませんから。一方で、栄養士や栄養学界が、これまでの保健政策に十分な異議を唱えてきたのかという疑問は残ります。

栄養士は制度を設計する側ではなく、国や学会が定めた基準を現場で実行する役割です。なので、既存制度に従属してきた専門職といえます。しかし同時に、行政の基準を科学的に正しいものとして国民に伝え、制度を正当化する役割も果たしてきました。
個々の栄養士を責めるべきではありませんが、専門家集団である彼らが政府や業界の方針を何の疑問も持たずに復唱するだけでよかったのか、検証と改善が必要だと思います。
医師の教育が変われば食品業界も変わる
この改革の影響は、医療界だけにとどまらないでしょう。
医師が超加工食品、糖分の多い飲料、精製炭水化物、人工添加物などについて患者に具体的な助言をするようになれば、食品メーカーも商品設計を変えざるを得なくなります。
すでに米政府は、病院に対して超加工食品や砂糖入り飲料、揚げ物、加工肉、人工添加物を減らし、より加工度の低い食品を提供するよう求める自主的な誓約制度を始めました。

病気を治療する場所である病院が、患者に超加工食品を提供してきたこと自体、大きな矛盾です。医学教育改革と病院食改革が同時に進んでいることは、MAHAが単なるスローガンではなく、医療の現場を変えようとしていることを示しています。
ただし、現段階の医学部や病院の取り組みは、主に自主的な参加に基づいています。カリキュラムの具体的な内容も政府が一律に決めるものではありません。
栄養教育が増えても、診療時間、保険償還、病院の収益構造、食品の価格といった条件が変わらなければ、現場での効果は限定的です。
アメリカと同じ構造の日本
日本でも、医師や栄養士は高度な専門教育を受けています。しかし、医療の現場では「病気になったら薬で治療」が中心で、「病気にならないための食事」を指導する仕組みにはなっていません。
栄養士も同じです。彼らの役割は国が定めた栄養素やカロリーの基準を伝えることが中心で、本当に健康を守る食事を伝えているのか、私は以前から疑問を感じています。
ケネディ長官が始めたこの改革が画期的なのは、これまで経済成長最優先だった社会システムを根底から覆す方向転換だからです。もちろん、簡単には進まないでしょう。

製薬会社、医療機関、保険会社、食品メーカーなど、巨大なヘルスケア産業にとっては、収益減になる可能性が高いからです。病気が増えるほど潤う現在の構造と、病気を減らそうとする改革は、本質的に対立します。
医師や専門家の教育を変えるだけで、全てが変わるとは思えませんが、国民の意識が高まり「病気にならない社会を目指す」という考えには大賛成です。
そして、日本でも同じ議論が始まることを期待しています。最後までお読みいただきありがとうございました。
