曳舟駅から商店街を抜け、クリスマスカラーに輝く東京スカイツリーに圧倒されつつ、暗闇の住宅街を進むと不意に赤い光が視界に入ります。「大道芸術館」。
なぜ美術館ではなく芸術館なのだろう?前情報による先入観はあるものの、美術品とは言えないけど、芸術という範囲なら収まる何かがあるのだろうか?

ここは、編集者で写真家の都築響一氏が長年にわたり、国内外から収集したコレクションを常設展示する施設です。ぼんやりとした噂は聞いていたのですが、知人の紹介で訪れる機会ができました。
東京・向島にある異色の芸術館のレポートをお送りします。
路地裏に置かれた“美術館”
大道芸術館は、街に溶け込んでいるというより、街の隙間にそっと置かれているように見えます。向島に近いこの界隈は、江戸時代から料亭や花街として栄え、芸者衆が地域の社交文化を支えていたそうです。
入館前から、こちらの姿勢を問われているような感覚があります(特に男性の場合は)。
元々旅館だった建物を改装したとのことで、中に入ると昭和の少し懐かしい雰囲気が出迎えてくれます。

展示は整然とはしていません。立体造形、絵画、イラストレーション、ポスターなどが至るところに展示されており、共通するテーマは「昭和のエロ」ということは瞬時に理解できます。
でも、それら作品の明確な文脈は提示されていません。しかしそれは放置ではなく、ここには「過度な演出はしない」という意図が、はっきりと感じられます。
都築響一とは、どのような視線を持つ人か
都築響一氏は、「周縁文化を集めた人」や「B級文化の記録者」と紹介されることが多いです。
しかし大道芸術館を見ていると、その表現だけでは足りないように思えてきます。
都築響一氏は、文化を拾い上げてきたというよりも、切り捨てられる瞬間に立ち会い続けてきた人ではないでしょうか。
彼の仕事には、救済や再評価を強調する姿勢がほとんど見られません。
「これは価値がある」「残すべきだ」と語る代わりに、そこに確かに存在していたという事実を、静かに並べてきたのです。
彼の代表作、TOKYO STYLE(2003年出版)に写る極端に生活感のある部屋も、秘宝館に残された等身大人形も、まず「意味」より先に「存在」があったものです。
大道芸術館は、そうした都築響一氏の視線が空間として表れた場所だと感じました。
伊勢志摩の秘宝館が示していた背景
都築響一氏とともに語られる伊勢志摩の秘宝館は、しばしば「昭和の悪趣味」や「珍スポット」として扱われます。しかし、その捉え方だけでは、この場所が持っていた意味は見えてきません。
当時の秘宝館は、裏文化ではありませんでした。高度経済成長期の社員旅行や家族旅行の行程に、当たり前のように組み込まれていた娯楽だったのです。
笑われることはあっても、拒絶されていたわけではありません。社会の中で、一定の居場所を持っていた空間でした。

それが時代の変化とともに、急速に姿を消していきます(伊勢志摩、熱海は2007年閉館)。禁止されたわけでも、糾弾されたわけでもなく、ただ、語られなくなっていきました。
都築響一氏が記録していたのは、エロや珍奇そのものではなく、かつて社会が許容していた空気や感覚だったのではないかと思います。
大道芸術館は、保存のための場所ではない
大道芸術館は、文化を保存するための施設というより、文化が一時的に身を寄せる場所に近い印象があります。
修復や体系化、将来への引き渡しが目的とされているようには見えません。
ここにあるのは、保存されなかった文化が、それでも消えきらずに辿り着いた姿です。

展示が密集していることや、整理されていないことにも意味があるように感じられます。文化は本来、もっと雑多で、扱いづらいものです。大道芸術館は、その居心地の悪さを無理に整えようとはしていません。
美術館に回収されることで失われてしまう魅力・感触、は確かにあります。この場所は、その回収をあえて引き受けない空間なのだと思います。
一聴の価値あり、女将さんの話
大道芸術館を見終えた後に感じたことは、「よくぞここまでやってくれた!」ということです。誰かがやらなければ、この時代に存在した文化資産と歴史が消滅してしまうのです。
女将さんの話によると、テーマがテーマだけに自治体や国が積極的に引き受けるわけでもなく、そこに都築氏らが手を挙げたということです。
特に印象的だったのは、蝋人形やマネキンなどは、製作者の情報が極めて少ないということです。自分の実績として誇れるものではない(?)ので、芸術家などのプロは参加していなかった、とされています。でも実際にこれだけの人体像は、素人に創れるものではないと感じました。

また、2階のバー「茶と酒 わかめ」には、数人のラブドールと(オリエント工業製)一緒に時間を過ごすことができます。この女性の等身大の人形は現在、かつての性的な目的だけでなく、生活を共にする相手としての役割が高まっているそうです。ペットやロボットを選ぶ人もいますが、ラブドールも選択肢のひとつであると妙に納得させられました。
ここに来て、女将さんの話を聞いて「面白かった」と同時に「勉強になった」という印象が強かったです(兎に角、話がお上手な方です)。
文化的作品のすべてが、美術館や博物館に収蔵されるわけではありません。評価されず、保存もされず、語られないまま消えていくものの方が、むしろ多いです。
大道芸術館は、それらの作品がひっそりと身を潜め、誰かが見つけてくれるのを待っているという感じです。やっぱりメインストリームではないというか、陰陽で言うと陰の世界というか。でも、それぞれの作品にはエネルギーがあり、それを表現するテクニックがあることは感じられました。
普通に生活をしていると、このような作品に触れることはありません。行くには決心も必要かもしれません。でも、実際に行って良かったと思える経験ができました。
月替わりのイベントなども開催されるようですので、事前に情報を調べてから行くのも良いかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
