スコット・ギャロウェイ氏のポッドキャストにおいて、ケネディ厚生長官率いるアメリカの健康復活政策MAHAが取り上げられました。
このポッドキャストでは、栄養科学者で登録栄養士のジェシカ・ヌーリック博士(Dr. Jessica Nurick)がアメリカの公衆衛生、MAHA(Make America Healthy Again)ムーブメントの功罪について語っています。
ヌーリック博士はコロラド州デンバー在住のサイエンス・コミュニケーターとして、SNS上の健康誤情報の是正で支持を集めています。
米国公衆衛生のいま――国民の半分が慢性疾患
米国は歴史的には、感染症対策を含め公衆衛生インフラが平均寿命を押し上げてきました。しかし現在は水準が低迷しており、米国の平均寿命はOECD平均より約4年前後短く、G7では最下位です。
また約半数の米国人が少なくとも一つの慢性疾患を抱え、3割は複数の疾患を合併しています。食事、身体活動、睡眠、ストレスなど生活習慣に直結する疾患が中心で、低所得層や一部コミュニティに健康被害が偏在しているのが実情です。
ヌーリック博士は「問題は個人の行動だけでなく、その行動を生む“環境と制度”にある」と指摘します。
社会システムにより決まる消費行動と健康
私たちは“システムの内側”でモノを選択します。米国の食環境は数十年かけて利益最大化に最適化され、店頭の約7割が超加工食品(UPF)に占められる現実があります。
70年代の農政転換でトウモロコシ・小麦・大豆などコモディティ作物への補助金が厚くなり、地場の小規模流通は相対的に力を失いました。
結果、長距離輸送に耐える常温・長期保存品が優位となり、食品添加物は“必要条件”になりました。コーンを補助すれば、甘味料はサトウキビより高果糖コーンシロップに流れます。

選択の理由は健康ではなくコストです。都市設計も同様です。自動車産業の論理で広がった歩きにくい街は、歩行と自転車を阻み、日常の活動量を奪います。
スコットは「いまはアディクション(依存)経済で、食品もその一角では?」と指摘すると、ヌーリック博士は「アメリカ人は一人当たり一日4,000カロリーも消費しており、企業は差別化のために新商品を際限なく作り、スーパーの棚には何千もの商品が並ぶ。マーケティングが過剰摂取を後押ししている」と説明しました。
健康を犠牲にする利益優先主義
最大の健康予測因子は富(所得)であることが、データから明確です。所得の最上位と最下位では、男性で約15年、女性で約10年の寿命格差が生じると言われます。
低所得層ほど糖尿病など生活習慣病の有病率が高く、健康に対する自己評価も低くなります。ヌーリック博士は「賃金水準の向上もひとつの手だが、重要なのは“最低基準へのアクセス”だ」と考えています。
誰もが基本的な医療、栄養価の高い食品、安全な住居、子どもが走り回れる公園、教育に手が届く設計が先決という立場です。

肥満対策として脚光を浴びるGLP-1製剤については、「潜在力は大きいが、医薬で“尻ぬぐい”をする前に、肥満を生む構造を直すべき」と慎重な姿勢。
具体策として、子どもや低所得層への食品マーケティング規制、棚に並ぶ食品の質の最低基準、スナップ(低所得者向けの栄養支援)やDouble Up Bucks(野菜・果物の購入を倍額補助)、選択肢を増やすなど、生活環境を健康フレンドリーにする施策を挙げました。
MAHAがムーブメントになる背景
博士は、MAHAは、生活習慣病の増加や利益優先の食環境といった問題提起を的確に捉えていると評価しています。一方で、問題視するポイントが成分に寄りすぎる点を懸念しています。
たとえば着色料を天然色素に替える、高フルクトースコーンシロップ(HFCS)をサトウキビ糖に替える。しかしこうした入れ替えは、依然として超加工で高糖質の食品自体を変えるものではありません。
また、水道水のフッ化物除去のように、子どもの虫歯リスクを招きかねない解決策もあります。(このフッ素と虫歯の関係は賛否が分かれます、要調査です)
そもそもMAHAはなぜSNSで広がるのかについて、スコットは「恐怖マーケティングと同じ構図」と述べ、ヌーリック博士も恐怖マーケティングがアルゴリズムと相性が良い点に同意しています。

ショート動画は「有害成分の暴露→恐怖の増幅→簡単解決策の提示」という台本と相性が良く、最後にサプリや“デトックス”商品へ誘導する導線が組まれます。
博士は、こうした情報伝達が、公衆衛生の本丸(医療アクセス、価格、流通、都市設計、教育)から議論を逸らすと懸念しています。
ワクチン論争とmRNA研究の削減――いま起きていること
ニューリック博士は、ワクチンがなぜこれほど論争の的になっているのかという問いに対し、現在の文脈ではHHS(米保健福祉省)長官のロバート・ケネディJr.氏の存在が大きいと述べます。
ケネディ氏は過去20年ほど反ワクチンの活動をしており、Children’s Health Defenseという反ワクチン系団体を立ち上げた経緯があります。
MAHAムーブメントの支持連合も二層で構成され、長年の反ワクチン支持層に加え、食品添加物や“毒素”を懸念する“MAHAマム”層が取り込まれ、内部では軋轢も見られると指摘します。
こうした背景を持つ人物が世界最大級の公衆衛生機関を所管するHHSのトップに就いたことで、ワクチン論争が一段と前面化したというのが博士の見立てです。

博士はさらに、mRNAワクチン研究の「約5億ドル」規模の削減が行われた点を重大視します。mRNAは2023年にノーベル賞で評価された技術であり、医療を加速させる“エレガントなプラットフォーム”だと専門家は位置づけていると発言。
新型コロナのワクチンが短期間で実用化できたのも、数十年にわたるmRNAの蓄積があったからだと博士は説明します。しかも適用領域は感染症に限らず、がんなど難治疾患にも広がり得るとのことです。
ゆえに、研究費を一括で削るような措置は、安全性の洗練や有効性の改良、適応拡大の機会を失わせるだけでなく、アメリカが築いてきた研究リーダーシップを手放す経済的損失にもつながると懸念を表明します。
組織運営面でも博士は警鐘を鳴らし、CDCの“解体”に等しい混乱が進み、CDCトップの更迭や長年勤務したキャリア科学者の辞任が相次いでいるといいます。
公衆衛生のレジリエンスは科学的合意と継続的な研究投資に依存しており、政治的な介入でその基盤を損ねれば、次の感染症に備える力が弱まる――これが博士の核心的主張です。
健康への道は開けている
ヌーリック博士は、医療財政の観点からもユニバーサルな基礎的医療アクセスの必要性を強調します。保険があれば予防受診が進み、重症化や救急依存を抑え、社会全体のコストを下げられます。
所得格差の縮小、健康的な選択ができる価格設定、税制設計、歩ける街づくり、学校と地域での食育と運動機会の拡充も鍵と話しています。
さらに、政治とカネの距離を適正化(癒着やロビー活動)して健康推進策を通しやすくすること、科学研究への継続投資で若手流出を防ぐことが長期的な国力に直結するとしています。

家庭での実践についても、全粒や豆・野菜で食物繊維を増やす、毎日動く、よく眠る、子どもと遊ぶこと、と話し、この“地味な基本”が、SNSで宣伝される派手な主張よりはるかに大きなベネフィットをもたらす、と語っています。
スコットが「健康専門家の声を政策に活かせるか?」と問うと、ヌーリック博士は「健康は超党派。問題の成り立ちを共通認識にできれば、科学的根拠に沿って価格・アクセス・都市設計・医療の施策に優先順位が定まり、立法と予算措置を前進させられる」と結びました。
ヌーリック博士は栄養科学のPhDを持つ登録栄養士で、エビデンス重視の公衆衛生コミュニケーションで知られています。科学を専門用語を使わずに、一般人にわかりやすく説明するスタイルが人気の背景です。
彼女は、ケネディ長官のmRNA研究の大幅削減、CDCワクチン諮問委の全員更迭などを一貫して批判し、辞任要求まで公に表明しています。スコットが終始眉間にしわを寄せていた理由が気になりました。
「健康」にも様々な考え方があり、目指すゴールやアプローチ方法が異なります。大別すると予防(食事と運動)か治療(西洋医学=ビジネス)の違いですが、その間に様々な流派があります。今後も彼女の発言に注目していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。